2004年10月11日

映画「モンスター」(2003米)

監督:パティ・ジェンキンス

主演:シャーリーズ・セロン
   クリスティーナ・リッチ

受賞:アカデミー賞最優秀主演女優賞(シャーリーズ・セロン)
   ゴールデン・グローブ賞最優秀女優賞(シャーリーズ・セロン) 他

渋谷シネマライズ等で上映中







あらすじは公式サイト等で詳細に書かれているので割愛。


まず何と言っても、殺人鬼アイリーンが最初に殺人を犯したときの主演のセロンの演技が、誠に見事。
保身と倫理の狭間での瞬間的な苦悩、そして、超えてはならない一線を越えてしまった現実との対峙。
アイリーンの、そして何よりセロンの、声にならない心の葛藤での叫び声が、スクリーンを超えてはっきりと明確に聞こえてきた。
セロンが15歳の時に目にした、父親に対する母親の正当防衛の発砲および射殺の瞬間をも、同時にスクリーン上に映し出されているようだった。


また、この映画の縮図ともいうべき、アイリーンが自嘲気味に言ったシンプルなセリフがある。
「Hmm. I'm a fucker.(生まれながらの娼婦だよ。)」
このセリフ、僕にはグサッときた。


良くわからなかったのが、セルビーの心情だ。
テレ朝の「虎ノ門」という番組で、井筒和幸監督がやはりわからないと言っていたのだが、同感なのだ。

良くわからなかったなりに僕なりの解釈すると、ジェンキンス監督はセルビーを「未熟で行き当たりばったりで自己中心的な少女」として描きたかったのではないだろうか。
また、セルビー役を演じたクリスティーナ・リッチも、それを理解し演技に努めたのだと思う。
ただ、クリスティーナ・リッチは、僕には「Buffaro'66」の印象だかが染みついていて、無垢で無責任な自己中少女だとは見えなかった。

初めてスクリーンデビューする女優ならまだ先入観がないから、この程度の演出でも「あ、こんなもんか」と思えるかもしれない。
しかし、リッチは既に多くの表現で、様々な役を演じてきているので、各観客にはリッチに対する既成のイメージが方々に植え付けられている。
セロンのようなメーキャップをしているわけではなく素顔なので、植え付けられた既成概念を白紙に戻すために、映画の序盤でもう少しセルビーの内情を丁寧に詳細に描いて欲しかった。
ジェンキンス監督は初監督ということなので、以降に期待したい。


セロンはプロデューサにまで参加して、この映画を作り上げた。
おそらく15歳の時の事件や、その時守ってくれた母親への絶対的な愛が、この映画への情熱と働いたのだろう。

このような、使命感を秘めた映画は、観客の心に届くものが強い。
ユダヤ人の血を引くスピルバーグ監督が使命感に駆られて撮った「シンドラーのリスト」等が同列に挙げられる。


人の生と死、不公平や理不尽さ、正義とは悪とは・・・、様々なテーゼが見るものの心に何かを残すだろう。

10点/10点中

投稿者 kazumichi at 19:34: [movie]

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